破滅的未来を選ぶのか、光明へ向かう道を選ぶのか。

縁あって、広島の平和公園内にある会場で、6月初旬歌わせて貰う事になり、
一足早く、その機会を与えて下さった方の招待で、
広島に行った。

一度お逢いしただけのその方は、ミィさんと、早々愛称でお呼びするほどに、意気投合。
今回ゆっくりと、色々なお話が出来た。

最近お逢いするひとは、逢って間もないひとでも、年齢や性別、バックグラウンドに関係無く、
旧知の仲のような親和感を持てたりする事がしばしばだが、ミィさんも、そのひとりだ。

まず、彼女と私の共通点は、想念が現実を形作る事の確実性についての信頼感が強い事。
であるから、自分の思いに気を配り、素晴らしい、明るい発想や感性を大事に扱う事。
この土台に立ったお話が出来るので、とめども無く話しが尽きない。

今回、広島に招待して頂いて、原爆ドームを前に、お祈りの歌も歌わせて頂けたし、久しぶりの宮島では、初夏の青紅葉に包まれ、澄み渡った緑の中の空気を胸一杯に吸い込みながら、色々な話しに花が咲いた。

平和公園の波動が、3/11からガラッと変わった、友人知人はみんなそんな印象をもっている。
と言うはなしが、興味深かった。明るく澄んで来たと言うのだ。

それは、どういう事なのかなと、思った。原爆で亡くなった方々の亡骸の上にある平和公園。
今度の原発事故で、あれからやっと66年経って、日本人のほとんどが、核の怖ろしさに目覚め、
廃絶の方向性が、大きく前進したからだろうか。その事を喜んでいる霊魂のエネルギーの変化なのだろうか。

今、非常に、大変な問題は、放射能の問題なのだが、間もなく、解決策が、次々、
明るみに出る事になると私は思うし、この核の問題から、世の中の、色々な価値観は、変わるはずだ。そうしなければ、わたし達人類は、生き残れないのだから。

そう考えると、大変な犠牲ではあるけれども、起こるべくして、起こった事なのかもしれない。
そして、尊い犠牲を無駄に、今度こそしないために、きっとこの星が、汚染、精神的荒廃から、蘇り、素晴らしい光り輝く星となる、と言う、ビジョンと想念を強く強く持ち続けようと思う。

平和公園の碑に刻まれている、 過ちは繰り返しませんから と言う言葉は、今まで空虚な響きだった。原発は原爆と同じ。その事を今、沢山の沢山のひとが、胸に刻む時。

そうして、悲観せず、蘇る星のビジョンを持ち続けよう。

ミィさんは数年前、脳溢血で倒れ、以後1年間、蘇った地球の素晴らしく、クリーンで、クリアなビジョンを見せられ続けたらしい。その時のビジョンが、あまりに、強烈で、
だから彼女は、そうなると、確信していると話してくれた。

大変、心づよく、嬉しかった。この星は、よみがえる。必ず、そうなる。
そのための、いのりの行動を、自分なりに、やっていくのみである。

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