身に起こる全てを恵みと知る

誠に人間と言う生き物は、複雑怪奇なようで居て、ある法則の中で、
決まりきった感情的反応で、落ちたり上がったりするものだ。

如何にわたし達の思考回路や、欲望や 孤独感といったこの世の仕組みが、
文字どうり 仕組まれ ある意図のもとにコントロールされているか という事が、
何か 負の出来事、感情、思い込みなどが表に現れると、思い知らされる事となる。

しかし、もし、感情に呑まれてしまう一方で、終わって仕舞ったら、
悲劇のヒロインやら、かわいそうな被害者やらに自分を設定して、
ますます、その泥沼のはまり込み惨めに閉ざされて、自己否定が高じて
精神的病いに向かったり、長く、人をうらんだり憎んだりと、負のエネルギーを
内側か、外側に向け続ける事にもなりかねない。

感情は、否定するべきものでは無い。出て来た感情は、その時、必要で自分自身に対する
シグナルでもあるし、内側でくすぶっていたものの、浄化でもあるから。

けれども、負の出来事に接し負の感情が生まれた時、
なるたけそこに停滞せず、一歩退いて見て、全体像を眺めみる冷静さを取り戻すコツは、

やはり、自分自身 自分自身の人生を運ぶ全ての物語に対する 信頼
その信頼しか無い気がする。

全てが、より良い自分に進化 成長していく為の恵みであるという信頼。
自分は大いなるスピリットに守られ、育まれているという信頼。

結局、そこに救いも癒しもあると思う。

わたしは、宗教にはとんと興味は無いけれど、
たくさんの目に見えない存在や、宇宙の大きな大きなエネルギーが
自分を導き励まし助けてくれていると信じているし、そう実感する事もよくある。

いいもわるいも無く、全ては恵み。
その恵みを十二分に味わい、起こることに素直に正直に真摯に向き合えば、
ほんとうの意味が、見えて来て、感謝しか無くなってしまう。

ありがたい。有難い。有るのが難しい。
人は感謝のうちにある時、有るのが難しいほどの奇跡のなかで奇跡に立ち会っているのだ。
と、知ると、ますます、恵みは膨らんで、ますます、ありがたい。
ほんとうにありがとうございます。これっきりですね。

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