絶望的ストーリーから一歩遠ざかる

一兆の何万倍の、京たら言う、放射能の値が、公式に発表になり、
何だか ちょっと、人智を超えた事になって来ました。

これまで、この世に、核兵器がもたらされて、66年もの年月が、
経っていて今の科学的頭脳や、技術で、放射能の軽減化 無毒化が、
研究、開発されて無い訳が無いと私は思います。

案外、ちょろい奴だったりするかも知れません。放射能君。

第一、今回も、京たら言う、値の放出がされているにも関わらず、
原発敷地内で、働く人、周辺の住民、ひと月近く前ならかなりの数の
人々が居たはず。今、ひと月経って、死人が続々と出ていても不思議
は無いはずなのに、その情報が、隠蔽されていると言う事でしょうか?

第一、3号基は、プルトニウム燃料な訳で、水素爆発の後、プルトニウム
が、大量に放出したとすれば、敷地内で作業なんて出来る訳無い
と思うのですが、何だかつじつまが合わない妙な感じが、その時から
してたのだけども。

こんな今回みたいな発表があると、ますます訳わからない気持ちが
強くなって来ました。

何らかの、軽減装置が働いているのじゃ無いか? と思うのです。

それは、何処からもたらされているのかは、定かでは無いものの
軽減化や無毒化が、表沙汰になれば、核の脅威と言うシナリオで
巨万の富と、沢山の人々のコントロールを思うままにしていた
人々の切り札は無に等しくなります。

しかし、このまま、どんどん汚染が進んだところで、どうしても
その無毒化の発想や開発は必要とされる訳で、どうしようも無く
汚染されるに任せるしかない なんてシナリオの方が、不自然だ
とは、思いませんか?

それこそ、ただの思い込みを利用した、無力な、非力な人類
なす術も無く、苦しみもがき絶望へ向かう なんて言う、
策略的 物語にまんまとハマり込んでいくだけです。

わたしは、震災のひと月前に、放射能無毒化のインスピレーションが
やって来て、なるほど、と思ったんですが、

今回、Twitterとかの記事や、色々ブログを見ても、何故、みんな
現実に起きている事が、不自然だな と感じている人がいないのか
不思議です。

もうほんとうはバタバタひとが死んでもおかしく無いはずなのに、
そうはなって無いのは、何か装置が働いているとしか思えないのです。

きっと、近い将来、その装置は表沙汰にされ、一気に事態は収束に
向かい、極限的ストレスから開放された大衆意識は、
いのちに対する本質を見極める目指しと、本物の絆を生み出し
その安心感から ひとりひとりの自身の存在の尊厳を取り戻す。

すべての存在が、等しく素晴らしい事を、思い出す。

だから、誰にもコントロールされないし、する必要も無い。

そんな次元変革が、ドミノ倒し的に起って行く。

それが、わたくし、地球防衛軍 てんぷく劇場 のシナリオです。

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