超常体験はなにを語りかけているのか?

一昨日、友達と食事をしながら、何気なく超常現象の話しになり、
あっ、と、とても不可解な体験をした事を、思いだした。

2009年 11月24日、私は、京都に居て、ぶらぶらと 八坂神社近くの、
祇園の通りを、歩いていた。

京都クラフトセンターと言う、オシャレな二階建ての、ビルで、ビルの前には、竹が、植えてあったりして、お気に入りのショップがあり、
ふらっと立ち寄った。

去年、京都を訪れた時、始めてそのショップに入って、京都在住の、クラフト作家の作品やら、和もの雑貨やら、私好みの物ばかりで、楽しい店である。

その日も、ワクワク、色々と 物色していたが、友達との待ち合わせの
時間が迫っていて、明日帰る前にゆっくり寄ろうと思い、
ほんの5分〜10分で、お店を出た。

さて、次の日、楽しみに、京都クラフトセンターに向かうと、
祇園の通りの、そのお店の近くを、何度歩いても、クラフトセンターを、
見つける事が出来ない。何だか全く 状況がわからず、
ビラ配りをしていた、若い女性に、「 この辺りに、京都クラフトセンターと
言うお店が、ありませんか?」と、聞いた。

すると、その女性が、「 あ、京都クラフトセンターは、このビルだったんです
けどね。あれ、何処かに、移転したって聞いたけど、何処だったけ」
と、答えて、彼女の後ろのビルを、指差した。

見ると確かに、昨日入った同じビルのようだったが、
ビルの一階は、飲食店街のような状態になっていて、
今日明日、出来たばかりではなく、馴染んだ景色のように見える。

余り、不思議な体験だったので、その時は、不思議
訳わからん、で、終わったのであるが、不思議体験として、
友達に、それ以来、時々、その体験を、話したりしていた。

しかし、一昨日は、その話しを、友達に語った時、ネットで、
京都クラフトセンターを、友達が、検索してくれて、
そのショップは、2008年8月に、閉店している事が、解った。

私が、以前訪れた時と変わらない、営業中の、京都クラフトセンターに、
行ったのは、2009年 11月24日の事である。
実際には、その一年数ヶ月前には、もう、閉店していて、飲食店街に、
なっていたのだろう。

しかも、私が、そこを訪れた時、そんな不思議体験をしているなど、
夢にも思って無かったし、白昼、定員さんもいれば、他のお客さんもいれば、
商品を手に取ったりして、普通の、午後のショッピングなだけだったのである。

今から思えば、その時、買い物しておけばよかった。更に、興味深かったな
と言う思いもあるが、とにかく、この体験は、時空間を、過去に、しかも、
全く、本人はそれと気づかぬまま、飛び越えていたとしか、
思えない経験であった。

今、大袈裟に捉えると、目の前の現実は 非常に深刻で、
ある意味、私たち全員、生命の危機に晒され
自分自身の存在の意味や、在り方を刻一刻と、問われているように思う。

その中で、物質や、時間、空間と言うものが、
私たちが、普通と感じ、考えている事自体、
なにも、確かな根拠が無い事かも知れない。
逆に言えば、人の想念と言うものが 計り知れない可能性を
秘めていて、驚くべきもので有るのかもしれない。

だからこそ、今 希望や、いのちへの感謝、感激
生きて居られるその事そのものを、明るく愛おしく味わう
その想念のパワー エネルギーが、力を持つのだと思える。

無限、永遠の可能性へこころを開いて、素晴らしい時代への
シフトに立ち会っているワクワク感の中で、
今日も、また明日も、有難く生きて行こう!

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